【最新論文紹介】新型コロナ後の嗅覚障害と嗅裂癒着:手術で改善する可能性

2025.10.16

― Eur Ann Otorhinolaryngol Head Neck Dis. 2025 ―

イントロダクション

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による嗅覚障害は、多くの患者で数週間から数か月で自然に回復します。しかし、一部の方では1年以上経ってもにおいが戻らず、日常生活に大きな支障をきたします。これまで、嗅覚の神経そのものが障害を受けていると考えられてきましたが、最近の研究では、鼻の奥の「嗅裂(きゅうれつ)」という部分が物理的に閉塞しているケースもあることがわかってきました。

今回ご紹介する論文は、新型コロナ後の嗅覚障害の中でも、嗅裂の癒着(ゆちゃく)が原因となっている例を取り上げ、手術によって改善した症例を報告しています。

研究の背景と目的

新型コロナ感染後の嗅覚障害は、嗅粘膜や嗅神経の炎症、あるいはウイルスによる直接的な神経障害によって起こると考えられています。しかし、嗅覚障害が長期間続く患者の一部では、CTや内視鏡検査で嗅裂の閉塞や癒着が認められることがあります。

この研究の目的は、薬物治療で改善しなかった慢性の嗅覚障害患者において、嗅裂の癒着を手術で解除することにより嗅覚が回復するかどうかを検討することでした。

研究の方法

対象は、1年以上嗅覚障害が続き、薬物治療でも改善しなかった4名の患者。いずれもCT検査で両側の嗅裂閉塞が確認されました。

  • 治療方法:全身麻酔下に内視鏡下鼻副鼻腔手術を行い、中鼻甲介・上鼻甲介と鼻中隔の間に形成された癒着を慎重に切除しました。
  • 再癒着予防のため、嗅裂内にシリコンプレートを挿入し、一定期間後に除去しました。
  • 手術前後で、嗅覚の主観的改善と嗅覚検査スコア、CTによる嗅裂換気の改善を評価しました。

結果

  • 4例すべてで、シリコンプレート除去の1週間後には嗅覚が明らかに改善しました。
  • 客観的な嗅覚検査でも、数か月にわたりスコアの改善が続きました。
  • 術後CTでは、嗅裂の換気が明らかに改善していました。
  • 手術による重篤な合併症は報告されていませんでした。

この結果から、嗅裂内の癒着が空気の流れを遮断し、におい分子が嗅上皮まで届かない「気導性嗅覚障害」を引き起こしていた可能性が示されました。これは、嗅神経自体が障害される「嗅神経性嗅覚障害」とは異なる機序です。

考察

本研究は、いわゆる「長期コロナ後遺症(ロングCOVID)」による嗅覚障害の一部に、炎症後の癒着形成が原因となっていることを示した初の報告です。嗅裂が閉塞している場合、いくら薬を使ってもにおい分子が嗅上皮に届かないため、改善が難しいのです。

このような症例では、内視鏡下鼻副鼻腔手術による癒着剥離が有効な選択肢となる可能性があります。実際、当院でも内視鏡下で嗅裂の開放を行うことで、嗅覚が回復する患者を経験しています。

ただし、手術には粘膜損傷や再癒着のリスクもあるため、全ての患者が対象になるわけではありません。CTで嗅裂閉塞が確認され、嗅覚障害が1年以上続く重症例に対して慎重に適応を検討すべきです。

院長からのコメント

新型コロナ感染後の嗅覚障害は、当院の嗅覚外来でも多くの方がご相談にいらっしゃいます。多くは時間とともに回復しますが、1年以上続く場合は「治らない神経障害」と決めつけず、構造的な閉塞がないかを確認することが大切です
CTや内視鏡検査で嗅裂がふさがっている場合、手術で空気の通り道を再建することで改善が期待できることがあります。

当院では、嗅覚検査・CT解析・内視鏡下鼻副鼻腔手術を組み合わせ、においの回復を目指した治療を行っています。においが戻らずお困りの方は、ぜひ一度ご相談ください。


引用
Tanaka H, et al. Olfactory cleft adhesion in post-COVID-19 olfactory dysfunction.
Eur Ann Otorhinolaryngol Head Neck Dis. 2025. PMID: 41087247

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